寝ずの番とグリーフケアのマナー
寝ずの番とは、故人の葬儀でお通夜の儀式や通夜ぶるまいが終わった際に遺族がそのまま故人の遺体を夜通し見守り翌朝を迎える慣習の事を指します。身内を失い通夜の対応に追われた後に徹夜するのは体力も気力を消耗しますが、夜通しご遺体を見守る風習が根づいた背景にはそれなりの理由があります。また、死別を経験した方に寄り添う方法のひとつに「グリーフケア」という物があります。
今回の記事では、寝ずの番とグリーフケアのマナーについて詳しくご紹介致します。
寝ずの番のマナー
「寝ずの番」とは文字通りに家族が亡くなった際に通夜を終えた遺族が翌朝まで遺体を見守りながら過ごす風習です。医療が発達していなかった時代に故人が本当に息を引き取ったのかどうかを確かめるために朝まで遺体の傍に寄り添う風習が寝ずの番の起源と言われています。また宗教的な意味では極楽浄土に辿り着けるようにと遺体に悪霊がつかない様に明かりや線香の火を灯し続ける目的や、故人の霊にひもじい思いをさせない様にするのも寝ずの番の重要な目的です。寝ずの番の最中は線香の火を絶やしてはいけないとも言われています。線香の火を絶やしてはいけないのは、亡くなって霊の状態になった故人が味わうことのできる唯一の食事が線香の香りとされている為で、故人の霊にひもじい思いをさせないようにするという事に繋がります。他にも、かつて戸外で番をしている際に遺体に虫や動物が寄ってこないようにした慣習の名残ともいわれています。
お通夜の晩に行う寝ずの番ですが、近年では大きな変化が見られてきてかつては文字通り眠らずに一晩中遺体の見守りが行われていましたが、半通夜が一般的となっています。半通夜とは日付が変わらない間に通夜を終える事で、ご遺体の見守りも二時間から三時間程度遺体の見守りをしてその後は翌日に備えて就寝するようです。特にお通夜を行う場所が斎場や葬儀場の場合には夜通し寝ずの番ができないケースもありますし、医学が発達しているので息を吹き返すかどうか見守る必要性が薄れてきた事もあり近年では遺体を見守り番をするというよりも、別れを惜しむという意味合いが強くなってきています。その様な変化を踏まえて、ご自身の体調を大事に半通夜という形をとり早めに眠ってもよいでしょう。
実際に夜通し見守るか半通夜で済ませるかは、地域事情によっても異なるものです。失火を心配する地域もありますし、寝ずの番をする家族を互いに支え合おうという地域もあります。それぞれの地域による風習に対応することが望ましいといえます。
一連の流れ
寝ずの番は基本的には故人との別れを惜しむ時間の為、何をしなければいけないといったものはありませんので、この先からは故人が無事に極楽浄土に辿り着く為のしきたりをご紹介致しますので参考にして下さい。
まず、ご遺体の見守りを誰が行うのかという点ですが、必ずこの人でなければならないという決まりはないですが基本的には故人のご遺族や故人に極めて近いご親族の方が行う事が多いようです。先に述べた通り決まりはありませんので、故人への深い愛情があり安らかに眠って貰いたいという想いがある方なら誰でも大丈夫という事です。人数などの制限もありませんので、わずかな時間でも故人を偲びたいと、短時間だけ参加するという話も耳にします。ご遺族やご親族の間でよく話し合って寝ずの番を行う顔ぶれを決めると良いでしょう。
実際に寝ずの番を行う顔ぶれが決まったら気になる点は、寝ずの番をするなら寝てはいけないのではないかと心配になるかもしれません。先にも少し触れましたが、近年では寝ずの番が文字通りの意味ではなくなってきていますから必ずしも夜通し番をしなければいけないという訳ではなく、長い間灯っていられる渦巻線香などをお供えしたり線香の代わりに電気ろうそくを使用するなどの工夫をしたり、交代で様子を見に行ったりする事が多く寝ずの番を行う方も十分に睡眠がとれるようにする事も出来ます。
寝ずの番で重要な役割を担っている物は線香で、線香の灯りを絶やさないことが基本になります。線香は故人を飢えさせない為と極楽浄土への道しるべという二つの意味があり、極楽浄土までの道を迷わない様に線香は一本だけお供えしましょう。その為、複数お供えすると迷う事になるので線香の本数には注意しましょう。線香を交換する際にはろうそくから新しい線香に火をつけます。この際にもし炎が出てきたら、息で消そうとせず必ず手で軽くあおいで炎を落ち着かせます。息を吹きかける行為は穢れた息を吹きかけるという意味になりタブーとされている行為ですので注意しましょう。もし途中で線香の灯りが途絶えてしまっても焦らずに、再び火を灯し直しましょう。灯りが途絶えたからといって故人が成仏出来ないというのは迷信で、どの宗派もそこまで厳しい事は説かれていませんので安心して下さい。長数時間灯りが途絶えない線香も市販されていますのでそういったものを使用すると便利です。
線香と同じく灯し続ける物はろうそくです。ろうそくの火は線香よりも火が大きいので灯し続ける際には火元が心配ですが、ろうそくも極楽浄土へ導く灯りとされていますので線香と同じように灯りを絶やさないようにしましょう。線香と同じ意味で本数は一本のみで、もし途中で火が絶えてしまっても焦らずに、最後に火を消す際には手で軽くあおぐか仏壇用の火消しを被せる様にしましょう。ろうそくにも比較的長い時間灯りが消えない物もありますのでそちらを使用すると便利でしょう。
最後に寝ずの番の服装についてですが、服装についても特に決まりはありませんので楽な服装で問題ありません。弔問客が帰ったあとの故人とのお別れの時間…極めてプライベートな時間といえますので、服装よりも故人と過ごす最後の時間を大切にする事がなにより肝心な事です。ただしここで注意が必要なのは、寝ずの番を行う場所が自宅以外の場合では派手な色やデザインの服は避けなければいけません。その場合には、寝ずの番を行う場所の関係者に事前に相談するようにしましょう。
心のプロセス
グリーフケアについて具体的にお伝えする前に、心の移り変わりについて理解することでより状況に応じたサポートができますので、大切な方を亡くした方の心の移り変わりについてお伝えしていきます。
ここから遺族の方がたどる心のプロセスの四つの段階をご紹介しますが、あくまでもお伝えする事は一般的なものですから、人の心の変化はその方の性格だけでなく年齢や生い立ち・文化や宗教的によっても違うということも理解しておく必要があります。
遺族の方がたどる一般的な心の過程は「ショック期」「喪失期」「閉じこもり期」「癒し・再生期」の四つの段階に分けられます。これらの喪失の想い・立ち直りの想いがそれぞれ天秤でのせたような心の動きをし、尚且つその動きは一日の中でも上下し、回復していくにしたがって週単位や月単位といったように鎮静化していくのが一般的とされています。「ショック期」の心の特徴は「何も考えられない状態」になることや「故人の死を受け入れられない」否認という反応が出るような状態に加え、亡くなった方を思い起こしては「愛おしい・恋しい」「もう一度会いたい」という気持ちが生じるのが特徴です。「喪失期」には「あの時こうしていたら」等という罪悪感や力になれなかった自分自身への自責の気持ちが生まれる反面、自分を残していった故人への怒り・絶望などの気持ちも沸き起こる場合もあり、自身と他人とが違ってしまったような感覚を覚え、やがて疎外感を感じるようになってしまいます。閉じこもり期では、何事にも対し無気力になってしまい生活のリズムが乱れたりなどの症状が見受けられ俗に言う「うつ的な症状」が出る場合があります。亡くなった方の声が聞こえたり、姿が見える・傍にいる感覚がするなどの幻覚症状が出る場合もある時期となります。こうしたいくつかの心の変化の中で故人の死を受け入れ悲しみを乗り越えようと自分を奮い立たせようとする段階が「癒し・再生期」です。ここまでお伝えたした心の移り変わりの段階は、順番どおりに進行する訳ではなく天秤にのせたような心の動きをしますから、人によっては各段階を行き来する場合もあります。
深い悲しみは心に影響を与えるだけでは留まらず体や健康状態にも影響するのです。心のプロセスを辿っていくと何も考えられない・感じないという感情の麻痺や怒りの気持ち、さらに孤独感や不安感、罪悪感や無力感などの感情を抱くことにもなるでしょう。こうした心の反応は体や健康状態にも影響を及ぼし、睡眠障害・食欲不振・疲労感・めまい・肩こり・動悸・自律神経失調症・免疫力の低下といったような症状が出る場合があります。こうした状況は深刻な状態ではありますが、あくまでも正常な反応とされていますから、グリーフケアを通じ大切な方を亡くし悲しみに暮れている方にやさしく寄り添い、サポートすることが出来ると良いでしょう。
グリーフケアのマナー
グリーフケアのグリーグは英語で「Grief」と書き、死別などによる「苦悩」「悲嘆」「深い悲しみ」を意味する単語となり、ケアは英語で「Care」と書き「心づかい」「世話する」を意味する単語です。大切な方の死別に遭遇すると、人は大きなショックや深い悲しみに襲われます。多くの場合は心についた傷は時間が立てば癒えていきますが、独りで抱え込んだり乗り越えようとすると一層多くの時間を費やしたり乗り越えることが困難な場合があります。グリーフケアとは、大切な方を亡くし悲しみに暮れている方にやさしく寄り添い、サポートするということです。愛する方の死を経験すると、人は悲しみだけでなく喪失感・孤独感、自責の念など様々な感情をもつようになります。そうした心の変化は、睡眠障害や食欲低下などの身体的な不調につながることもあり、こうした状態を乗り越えることが困難になってしまうと病的な状態に陥ってしまい社会に出る事も困難になってしまう場合もあります。そうした最悪の状況を防ぐ為にサポートするのがグリーフケアです。
グリーフケアの歴史は深く、日本では1970年代に必要性が認識されるようになり徐々に広まってきました。そうした背景には核家族化が進んだという点や、医療の進歩によって自宅ではなく病院などで最期の時を迎えるケースが増えた点にあります。つまり、以前は大家族や地域交流の中で自然と心の傷が癒されていたりしたのが、核家族化が進み悲しみを周りの方と共有できない・一人で乗り越えなければいけないという状況になってしまっていたり、家で家族の死を看取る経験が少なくなったということから「死の受け止め方が分からない・どう支えたら良いのかがわからない」という方が増えているのです。
大切な方との死別を経験したことで深い悲しみを感じている方の気持ちに寄り添い、フォローをするのがグリーフケアの目的です。悲しみを乗り越え、立ち直るまでにはいくつかの段階を経なければなりません。その段階を「グリーフワーク」といい、立ち直るまでの段階とは先にお伝えした心のプロセスです。人の死は予期せぬものですから、心の準備や整理は事前に出来るものではないですし、また不慮の事故などといったような理由で大切な方を失った場合は特にグリーフワークが完了するまでに長い期間が必要な場合もあります。状況によっては専門家のサポートが必要なときもあるでしょう。グリーフワークを経験している方を見守り支えるのがグリーフケアです。ここからはグリーフケアのやり方と、注意点についてお伝えします。グリーフケアの第一歩は、相手の悲しみを肯定することです。中には感情を表に出すことが苦手であったり、気丈にふるまおうと悲しみの感情を抑えようとする方もいらっしゃるかと思います。しかし、死を悲しむという気持ちは自然な感情であるということを伝え、その感情を肯定するのが最初の段階です。次に、悲しい気持を表現してもらい自分自身で抱え込まないようにしてもらうようにします。例えば、故人の思い出を話してもらったり、故人への気持ちを文章にしてもらうなどの方法があるでしょう。葬儀などの儀式に参加し故人の死を受け入れてもらうのも、悲しみと向き合うための方法のひとつといえるでしょう。ただし、どの方法であっても悲しみの中にいる方に無理にして貰うのではなく、あくまでも本人の意思や感情を尊重し見守るように支えることが大切なことです。グリーフケアを行っていても、グリーフワークを進めるのが難しい場合にはグリーフケアの専門家に相談をするというのも一つの手段です。
グリーフケアの注意点として、安易に相手を励ます言葉を掛けないようにする事が大切です。悲しみの感情をおさえつけてしまい独りで抱え込んでしまう原因となりかねませんから、プレッシャーになるような言葉を使うことは避けましょう。無理やり死を受け入れさせるような言葉は、逆効果となる場合があります。また、相手の気持ちを分かったふりをしたり同情したりすることにも注意しましょう。この様なことは決して悪い事ではないのですが、経験と考え方によっても感じ方は異なってきます。ですから場合によっては相手に不信感を抱かせてしまいますので注意が必要です。
専門機関でグリーフケアを受けなければならないという義務はありませんが、支えが必要と感じている際には本人や周りの方の為にもケアを受けるという選択肢を視野に入れてもよいでしょう。